授業って、かなり難しいんですよ。

講師が、一方的に話して、生徒がどの程度理解しているのも理解せず、喋りまくる、書きまくる。

これが従来の塾講師のスタイルでありました。いわゆる俺についてこい的な感じですね。


でもこれをやると、ついてこれない人間が必ず現れる。

勿論塾ですから、ある程度は仕方ない部分もあります。

エリート養成とも呼べる機関でもありますからね。

 

 

でもね、高いお金を払って、保護者が望んだものは一体何なのか。

自分の子供をなんとかして、良い学校に入れて欲しい。迷わない将来の選択肢を増やしたい。

色々あるでしょうけど、自分の子供は成長して欲しいという純粋な願いがそこにあるんですよ。

 

 

だったら、少しでも私達がそれに見合うだけの努力をするのは、当然のことなんじゃないのかな

と思うだけなんです。だから、カリスマが必要なんじゃなくて、その子が伸びる先生の育成が必要。
どんなカリスマでも、下手な授業は星の数ほどあります。子ども自身が伸びていかない授業です。

生徒に任せきり、必要ならば質問しにこい形式。予備校講師にこの類が多いです。


 

大人度の高い、高校生相手であればある程度、

大丈夫ですが、それでも苦しい生徒はいるはずなんです。
そこで、ひと声かければ奮い立つ人だっているし、

授業自体を変えていく事で、積極性を出す事だって出来る。

 

生徒は塾講師を選べません。本当にかわいそうです。

 

先生は授業を「やる」のではなくて、

「舵取りになる」のが理想です。彼らが自分自身で立てるようにしてやる。

 

 

生徒が考え、それを板書。

「他はどうだ?そうかこういう答えもあるか。」

「じゃ、本文の伝えたいたい事はこれか?」

「違うよな。だれか話の大事なところをまとめられるか?」
時間内という制限があるものの、そこをなんとかしてのプロです。

腑に落ちる瞬間を探す。どこをつけばいいか。

生徒は腑に落ちる瞬間、欲がでます。

 

知識欲です。これを目指します。

知識は与えられるものではなく、自分で身につけるもの。

そうやって集団の中で、鍛え上げられてきます。

それを何度も刺激してやるのが私たちの使命でもあるんですね。