皆さんが子供だった時に、授業がキンコーンカンコーン鳴った時に、「あっ~やっと終わったぁ~」と思った矢先に延々と続く、先生の授業…。これは誰しも経験があったはずです。

先生サイドで物を考えると、「もうちょっとで終わるから、あと5分待って!」って事だと思うんですよね。分からなくもないんですけど、この授業延長は、先生って結構やっちゃう人多いんですけど、アレダメです。

というのは、授業延長ってのは基本、自分のエゴなんですよ。

自分がここまで教えたいから、そこまでやっちゃう。
それでは授業力はつきません。

そして、それを繰り返したら、
塾では均質のサービスではなくなります。
つまり、組織として時間に対してのサービスが曖昧になるということなんです。

教育業界だと、そこんとこ結構アバウトなんですけど。
よく考えてもみて欲しいんです。

例えば、新しいNECのパソコンを買ったと。他にも良さそうなパソコンがあったけれども
アフターケアが充実しているという、友達の口コミでそれを購入した後に、
適当な説明で切り上げられたってなったらキレませんか?

これ、普通リアルなビジネスなら、二度とその会社の商品買おうとしないです。
当たり前ですよね。人によってサービスが違うんなら、その会社の商品なんていらないですし、
他の良さそうな商品を買う訳で。

でも、リアルビジネスでこういったサービスの低下は、即売上ダウンに繋がるんで、出来る限り
研修を行い、どのサービスも均質化できるように、しっかりとサポートします。


教育の場合、授業延長をすること自体は悪じゃないみたいな風潮があるんです。
授業延長するぐらいなら、最初から収まるように授業構成すれば済む話。

ただ、授業の内容や展開によって、授業内に収まらないことなんていくらでもあるのは事実なんですね。
そうした場合はどうするかというと、別枠の時間を設けるという事ですね。

補講と延長は全くの別概念です。

あと、延長をダラダラ続けていると、先ほど言った通り、授業力がつきません。
なぜなら、その授業の中で、完結するという意識が弱くなるからです。

この意識を持つことが大事なんですね。授業力を最短で伸ばしていきたいのならば、
どういう風に構成していくのかを、キッチリ頭で作っていく必要があるって事です。
別に結果的にその通りにならなくてもいいんです。

結果的に、時間が間に合わなくなっちゃった~。
OK!OK!それで良いんです。
その意識が自分の中でしっかり作られていけば、必ず与えられた時間内で授業構成する力がつき、
無駄な発問(全体に投げかける質問)量も減ります。

結果的に授業がスマートになっていくので、そこがゴールなんですよね。
是非、時間をしっかりはかって授業構成をしてみてはどうでしょう。

一応フォローのために…
まぁ、授業を延長してでも伝えたい!と熱意があるのは良いことなんですよ。
より、それで生徒は救われるんで。

でも、次のあなたに成長するためには、時間を守るということ。

経営者じゃないんで、別に良いじゃん。って考え方もありますけど、
組織に属している以上、共通のサービスを提供するという
考え方をもっと共有すべきなんではないかなと思いますね。

授業は流動的です。
生徒の動きによって、その単元の半分も終わらなかったなんてことは、
普通にあり得ます。

その際には、必ずその時間を別に設けてやること。
必要だった時間を短縮して、次の授業に持ち越すのは許されません。

それをやってしまうと、どんどん積もり積もって、
習っていない部分が出てきて、あるいはその知識が弱くなり、後後足をすくわれることがおおいです。

私も、引継ぎの時に、ある程度の情報はもらってから授業担当しますが、
前の担当が単元の中で、明らかに全体的に弱いところがあると、イラっとしますからね。

まーでも、弱い単元が出来上がると、その次に担当する先生だったり、やたら
面倒な作業になるので、そういう意味でもやめたほうがいいって事ですね